Nr. 1『ウルリッヒ』
曲が盛り上がるのにつれ私の指もさまよいだし、いつしか何も理解できなくなる。 どうして?と訊いてはみるけれど。 Nr. 2『子供部屋に隠してしまう』 カッルーガ氏の主張(抜粋):進化論を袋詰めにして売るなどというのは、全く無粋なことである。──たとえそれが確固たる信念をもってなされたとしても。 Nr. 3『有機的構造連関』 ‥‥楡の木の下にいた役人はその後どうなったのだろうか? そう問いかけるのは我ながら馬鹿馬鹿しい気がするのだった。そもそも誰も許されてなどいないというのに。 Nr. 4『梟は螺旋形の夢をみる』 さあ顔を上げて!あなたが最初に踏みにじったものについて、句読点も含め83字以内で簡潔に述べなさい。そしてそれを大切にしまっておきなさい、なくしたりしないように。 ‥‥いつか役立つことがあるかもしれないから。 Nr. 5『パラジクロロベンゼン』 安全ピンを買いに向かう途中、一人の男の姿を目にするなりヤナはその場で凝り固まってしまいました。ひどく沈み込んだ様子のその男は、2月の冷たい風の中、海水着とブーツ、それに帽子と手袋しか身に着けてはいなかったのです。 Nr. 6『夜のクリップ108』 腹を立てる要素が多すぎてどこに重点をおいたらよいかわからない、というときがある。‥‥もはや私たちは投げつける言葉を拾うことさえできない。 Nr. 7『逆なで』 2001年1月1日(月)晴れ。風が冷たい おみくじをひいた。15番。 「いつ、いかなる思いがけぬ変事が起きても、世の中の人々の心は、あわてふためくことなく、広く豊かでありたいものです。……うろたえさわぐようでは駄目です。……」 駄目、か。 Nr. 8『4枚重ね』 そもそも、あの電話に出るべきではなかったのだ。あれ以来、私自身がいくら振払おうとしても、確実に追いついてくる!! 決して届くことがないと知りながらも、私は叫ばずにはいられない。やがては目も喉も腫れふさがり、ただ一片の声さえ出なくなるまで。 Nr. 9『魅惑の焼きりんご』 浴室に住みつく鳩たちがその夜襲撃に遭ったということは、後になって当時最も親しくしていたヒトデから聞かされました。 ええ、彼らのために涙を落とすのはたやすいことです。けれどそれは彼らにとってこのうえない屈辱というものです。 Nr. 10『せめてクリームだけでも!』 彼が突起の収集に熱中しているという事実は、各界に大きな衝撃を与えた。 しかしこうなった以上は仕方がない。我々は決して声をたてることなく、ただ見守るしかないのだ。 Nr. 11『甲殻類パラダイス』 (‥‥となると、天井から下がるあの1本の紐だけが決定権を握っているというわけだ。じきにこの混乱もおさまってくるかもしれない) しかしそう思った矢先、鈍い振動音とともに天井が崩れ落ち、塵と埃の立ちこめる中、紫色をした重い気体がゆっくりと降りてきた。 Nr. 12『標準的プロセス』 大変申し上げにくいのですが、当店におきましては、顎髭を猛烈にカールされている方のご入場は例外なくお断り致しております。 Nr. 13『顔は人間のようですが』 にわか雨!この機会を待ちに待っていた。テラスに出ていた客は皆あわてて中へ引っ込んでいくが、私にとってはそれさえも好都合だ。 大事に携えていた真新しいガラスの傘をゆっくりと開く。この光のきらめき!私の身体は溢れ出る歓喜についに耐えきれず踊りだした。不機嫌なポルカ、傲慢なワルツ、そして軽薄なメヌエット‥‥。 客どもは身じろぎもせず私のダンスを見つめている。そのアルミニウムのような彼らの眼を、私の傘に乱反射する光線が繰り返し射るのだった。 Nr. 14『無邪気な種の時代』 カッルーガ氏の主張(抜粋):エレベーターとエスカレーターの区別もつかぬような輩が、情緒的衝撃について一体何を語ろうというのだ? Nr. 15『レンズ豆のスープ』 とうとう耐えられなくなった彼は、彼女の青いカシミアのコートを羽織ると出て行きました。 ドアの外には、闇ばかり。 彼の置いていった戸惑いは、わずかに震えるように波打ってから、やがては跡形もなく消えてしまいました。 Nr. 16『悪魔』 そう、そうなのよね。あたくしもね、ちょうどそう言おうと思っていたのよ。どう考えてもやっぱりそれが一番よねえ。そう思うわ、あたくしも。え?‥‥それは‥‥そう、そうよ。(声をにわかにやや高めて)あたくしも絶対にそうだと思うわ。 Nr. 17『北京の春、あるいは吹きすさぶ風に抵抗して』 P:なぜYとの交流が途絶えてしまったのだったか、よくわからない。そもそも何か原因となるようなことがあっただろうか?それすらも思い出せない。いずれにせよ、気づいたときにはそうなっていたのである。‥‥Yは今どうしているだろう? Y:Pとの交流を断った直接のきっかけは、一つの贈り物だった。Pは、あろうことか薄緑色のスカーフを誕生日に送ってよこしたのだ!あのことが起きたのは4年前のまさに私の誕生日のことである。薄緑色がそれを思い出させないはずがなかった。Pはそんなにも私を苦しめるつもりだったのか、それとも(なんと残酷にも)ただ思い及ばなかったとでもいうのか? Nr. 18『ノルウェー的劣等感』 完全破壊まで128年というきわめてゆっくりとしたペースで進んでいるため、こちらといたしましても予め充分な余裕をもって臨むことができる、というわけでございます。 Nr. 19『完成まで7mg』 何はともあれ、自動人形と握手をするために人々は長い間待ち続ける結果となった。しかし実際のところこの行列の果てに存在するのは何なのだろう‥‥ Nr. 20『魔法の靴べら』 彼は周りの乗客に気取られないよう、慎重に身体をずらした。もう少し‥‥あとほんのわずかで手が届く。 しかしそこへ突然突き上げるような衝撃が襲い、彼の意識は完全に断ち切られた。 Nr. 21『身勝手な晩餐会』 うさぎは金魚鉢に入ったくらげを抱いている(注:「くらげの入った金魚鉢」では決してない。なお、うさぎの着ている厚いコートはウサギの毛皮製である)。 Nr. 22『とっておきのおしゃれアイテム』 雪原に一人の少女が立っていた。冷たく晴れ渡った空は思わず吸い込まれそうに青く、少女の長いプラチナブロンドの髪は、斬りつける風の思うがまま抗いもせずになびいている。 ──そんな色で何を染められよう? Nr. 23『実践的黙殺論』 桃の木は、重みでその枝がしなるほどたわわに実をつけている。シュヴァリエはまるで吸い寄せられるように‥‥ほぼ無意識のうちにその匂い立つ黄金色の果実に手を伸ばしていた。 桃の木は、無邪気を装ってただ軽く葉を揺すっている。 Nr. 24『インゲに気に入られる人』 彼が一人で踊り狂っている間、私は11年前にこの店で出会った女のことを思い出していた。そして思わず椅子から転げ落ちかねないくらいに嫌な気分になった私は、ちょうど前を通り過ぎようとしていたウェイターに思いきり飛び蹴りをくらわせた。自分の語法をあえて示さないというのも、気がきいているとはいえまい。 ともかく夜はまだこれからなのだ。私は気を取り直して音楽に耳を傾けた。 Nr. 25『夜のクリップ85』 そうやって、毒をふりまきながら歩いてゆくのですね。死体の山など見えはしないというふりをして。
by YuyusInstitut
| 2001-04-25 09:47
| 羊のいる風景
|
|
ファン申請 |
||