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羊のいる風景 Nr.51-75

 Nr. 51『鈍色の蕾』
 曖昧な夢を見た後は、いつもぼんやりとしてしまう。まるで半分眠っているような感覚でようやく長い一日を終えて帰途につくと、世界は再び夜に転換していた。そして私は今になってはっきりと覚醒しているのだ。
 こんな夜には普段見えないものが見えるのが常である。だから私はしっかりと目を閉じ、ただひたすら耳を澄ませる。


 Nr. 52『斑点のある風景』
 数分前から、彼が気づいて覗き見ているのには気づいていたので、私は仕事をより慎重に進めた。私が感づいているのを彼に感づかれているのでは、と内心で心配しながら。つまり、そこまで詳細に感知・分析処理するには私の技術はまだあまりに未熟なのだ。


 Nr. 53『地底で柵を飛び越える』
 マーゴは熱い紅茶を一杯に詰めた黄色い魔法瓶を取り出すと、肩掛け紐を掴んでものすごい速さで回転させた。その勢いはとどまることを知らず、広場の大噴水はほどなくして完全に破壊されてしまったのである。


 Nr. 54『卵黄投げ』
 一瞬の沈黙の後、掲示板の周りに群れた人々の中から悲鳴や啜り泣きの声が次々に上がった。そしてそれらは不規則に反響し合い、次第に一つの唸りのような形を造りながら膨れ上がっていく。
‥‥一方で、この騒ぎの間にも工場では卵割りの作業が一刻も休まず続けられていた。


 Nr. 55『蟻横町』
 帰り際にすぐ近くの蠟燭屋へ寄るつもりだったのだが、この日履いていた革靴によってそれは妨げられることとなった。私はなおもそちらの方角へ向かおうとしたが、靴は断固として私の親指を噛み続けている。


 Nr. 56『弧を描く牛の流れに沿う』
 白いゴムの自転車は昨日届いたばかりで真新しく、彼の心を軽やかに弾ませる。ペダルを踏んでいると、思わずこみ上げてくる笑みを抑えきれず、しまいには大声で笑いだした。
 ひとしきり笑ってしまうと彼はこぐのをやめて、静かに深く深く息を吸い込む。そして自転車から降りると、道の脇に膝を抱えて座り込んだ‥‥ただ背筋だけは吊られてでもいるようにぴんと伸ばして。


 Nr. 57『甘味』
 カデルはサンドウィッチを素早く手に取り、パンをそっとめくって剥がすと、中の胡瓜とサーモンを取り除いた。そして鞄からピーナッツ・バターと木苺ジャムの瓶を出し、それらをパンにたっぷり塗り付けて挟みなおした。それを食べてしまうもう一つ皿から取って、周囲の困惑をよそにこれも同じようにして食べる。
‥‥結局サンドウィッチのあらかたは彼の胃に収まることとなった。後で皿を見ると、胡瓜とサーモンが花びらのように静かに並んでいたのだった。


 Nr. 58『夜のクリップ806』
 あの日のことは今でもくっきりと思い出せる。その空気の匂いや重さ、そして肌触りさえも。


 Nr. 59『星形脱毛症』
 彼が何か発言する度に、室内を飛び回る蜜蜂の数が増えていくようだった。
 ぶんぶんという羽音は蜂の群れがどこかへ行ってしまっても壁紙にしみとなって残り、その後数週間というもの消えなかった。


 Nr. 60『多孔質』
 蜜蜂の群れを追ってここまで来たが、どうやら完全に見失ってしまったようだ。気がつけば私は森を断つ1本の道に出ていた。その道には乳白色と淡い桃色の2色のタイルが敷きつめられており、ゆるやかに蛇行しながら誘うように森の深部へと続いているのだった。


 Nr. 61『柑橘浴』
 カッルーガ氏の主張(抜粋):結局彼らは、自ら踏み砕いたタイルをそれと気づかずに拾い上げてはいちいち嘆いているにすぎないのです。


 Nr. 62『階段の下』
 395粒めの紫えんどうは古いビーズの瓶にさりげなく混じっていた。早速それを皮袋にしまい込んだそのとき、階段の方からかすかな音が聞こえてくるのに気がついた。眼をこらすと、すばらしくつやつやした大粒の紫えんどう豆が、規則正しい跳躍を示しながら階段を降りてきていた。


 Nr. 63『放物線』
 どうやらこの辺りが湖の中央らしい。ボートからわずかに身を乗り出すと、息が止まりそうなほど澄みきった水の向こうに、見慣れない生物がゆっくりと移動する湖底を見下ろすことができた。
 顔を上げるといつしか霧も晴れていて、私のボートは穏やかな海の表面に浮いていた。陸はどこにも見えない。まもなく完全に日が沈んでしまうだろう。


 Nr. 64『庭木』
 ただこうして考えていても堂々巡りをするばかりなので、気分転換に庭のマルメロの実を採ってしまうことにした。
 実はすっかり熟れ過ぎてしまっていたが、そっともぎ取ると皆柔らかな笑みを返してくるのだった。──もっとも、私がこの後全員を容赦なく砂糖漬けにしてしまうつもりであるということを知るなり、彼らは一様に顔を醜くゆがめ、耳を覆いたいくらいに口汚く罵ったのだが。


 Nr. 65『古い素朴な一日』
「もう遅すぎた」とあなたはつぶやく。するとそれを聞いていたもう一人のあなたが、両手でそっと差し出すように言う。「明確な根拠はあるの?」


 Nr. 66『繭』
 いくぶんわざとらしい空気の動きに反応し目を覚ましてしまったが、分厚いガラス板をはめ込んだ小窓から外を覗くと、まだ夜明け前であるらしかった。私は再び身体をまるめ、目をつぶって枕に頭をうずめた。ここは本当に暖かい‥‥


 Nr. 67『夜のクリップ272』
 私たちはみな小さい鉛の玉を胸にうめたまま息をしています。そして大抵の人はこの先それに気づくこともないのです。


 Nr. 68『ささやかな糖衣』
 最初はほんの誤解にすぎなかったはずが、何か言えば言うほどもつれて絡まっていく。そして一方の枯れ葉といえば、私の隣で何かぽそぽそとつぶやきながら紅茶色に薄く照らされたうろこ雲を見上げ、それに気をとられているふりをしているのだ。


 Nr. 69『その橋は夢とつながっている』
 限界まで気づかぬふりをしていても、いずれは対峙するときがやってくる。しかし、とりあえず今この瞬間だけはそれすらも認めたくない。
‥‥せめてあの角を曲がるまでは。


 Nr. 70『ゴム紐連盟』
 クルツィオが口を開こうとするのを確認するなり、カッルーガ氏は駆け出す。2ブロックめまで過ぎたあたりで加速を強め、そして。



‥‥‥まだ、走っている。何かにひどく腹を立てたままで。


 Nr. 71『バターつきパン』
 迷いは迷いとしてきちんと収納し、それでも残ってしまった分は潔く諦めるべきである。つまるところ人とはそんなものなのだし、左耳が再び歌いだすことなど望むべくもない!


 Nr. 72『氷上の休暇』
「あんな不安定な場所にブロックを積んだのは、一体誰ですか?」
「オーレルです」
 確かに。3つの巨大な氷のブロックを積んだ上にいるのはまぎれもなくオーレルであり、彼はそこで複雑なステップを幾度も幾度も繰り返していた。しかも次第にさまざまに表情を変えながら。
 そう、とても器用なオーレル。


 Nr. 73『グリコーゲンと一緒に』
 彼が塀の上で披露した独特の回転方法はその後密かに──しかし確実に──伝えられ、今日に至っている。一方、ルマ湾の牡蠣たちはあれから心休まることがなくなったのである。


 Nr. 74『横隔膜の反乱』
 ノイカールは、鎧戸の細い隙間から小さな望遠鏡で橋の上を注意深く観察する。そこでは彼の弟たち──双生児のフーリエとムリアクト・ココフ・ポレ・パシュクルール──が色褪せたひよこ(その上いささか育ちすぎている)を通行人に配っているところだった。


 Nr. 75『叫ぼうってわけじゃない!』
 今朝プードルのゴンザレスと一緒に公園を散歩していたら、大きなきのこを見つけました。ばら色のかさをしていて、林檎によく似た強い香りがします。珍しい種類のきのこなのかもしれません。家に持ち帰って調べてみることにしました。けれども、公園を出るあたりで突然きのこが暴れだし、僕の手をふりほどいて逃げてしまいました!
 ところで、そのときに頭を思いきり踏まれたゴンザレスは、まだ怒っています。
by YuyusInstitut | 2002-01-05 09:30 | 羊のいる風景
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